乗りつぶしの旅11/4 〜青森の難所と、去り往く鉄道〜

 北海道へ牧場見学に行って、青森秋田と乗り潰して帰る予定が、夜行列車連泊というタフネスコースに。手元には千歳発、山科経由の横浜市内行きの切符が握られていた…。

 旅行そのものは11/3から北海道へ上陸していました。その日は千歳近辺で3つの牧場を見学して出資している馬達と触れ合って楽しいひと時。そこからまずは青森に向かいます。

 駅近くのネットカフェで時間を潰し、銭湯で体を洗って、千歳駅から乗り込んだのは急行はまなすのカーペットカー。カーペットカーに乗るのは今は亡きミッドナイトに乗った約10年前以来なのですが、既に疲れ果てていたためあっという間に就寝。起きたら函館。そしてもう一度起きたらもう青森直前でした。乗っている間、ほとんど寝ていたと思います。
 青森からは、私鉄完乗の旅でも屈指の難区間である、青函トンネル記念館の中のケーブルカーを目指して、津軽線へそのまま乗り換え。まさか人生でもう一度、三厩を目指す日が来るとは思いませんでしたよ。途中蟹田で乗り換え、約2時間弱で三厩へ到着です。
 そこからは町営バスで30分かけて青函トンネル記念館へ。客は4人ほどでしたが、青函トンネル記念館で降りたのは自分一人。寂しく記念館前で10分ほど開場を待ちました。

青函トンネル竜飛斜坑線(青函トンネル記念館〜体験坑道0.8km)


 そしてやって参りました青函トンネル記念館駅。青森から片道2時間半でした。思えば遠くまで来てしまったものです。

 こちらが今回のケーブルカー。なかなか年季が入っていました。奥の方にはもう一両ありましたね。

 始発が走る頃には、バスでの観光ツアー客らが到着して、乗客は20人以上となかなかの盛況でした。平日のせいか、年配の方がほとんどで、自分が一番若いくらいでした。

 このケーブルカー、降りていった先は地下でしかもトンネルということもあり、入り口は風門によって閉ざされていました。運行開始時にこちらがゆっくりと開くのですが、それからは走行中ずっとピローンピローンとサイレンが鳴りっぱなし。こんな路線は他に記憶にありません。普通の路線じゃないんだということを冒頭から感じさせてくれます。

 途中にはこんな表示もあったりと、どんどん海底へ深く深く潜って行きます。途中にすれ違える部分はなかったように思えます。終点まで、約7分くらいの乗車時間だったでしょうか。

 そして降り立ったは体験坑道駅。これで無事に青函トンネル竜飛斜坑線の完乗です。着くのは大変、乗ったら一瞬という点では極まった路線でしたね。本州の果ての果て。

 ここからは坑道内の見学ルートへ。青函トンネルの歴史をガイドさんが解説してくれながら、内部をじっくりと見て回りました。いかに偉大な工事だったかがよく分かる、素晴らしい展示でした。日本の技術は世界一や!って思うには最高の博物館ではないでしょうか。

 そして今度は逆にケーブルカーで登って終了です。この真っ暗な先へ向かってひたすら登ります。サイレンは帰りも鳴り響き続けていました。

 その後は折り返しのバスまで一時間以上時間がありましたので、龍飛岬の周辺まで歩いて行きます。まずは龍飛岬を望む展望台。好天にも恵まれ、実に気持ち良く、心が洗われる景色でした。

 続いて龍飛岬の展望所へ。階段村道を登っていくのですが、ここ、市町村合併三厩村から外ヶ浜町になっていたような…。途中には、過去の青函連絡船を導いてきた龍飛崎灯台が。

 展望所から見る景色。遠くに見える陸地はもちろん北海道です。晴れ渡り気温も心地よく、突き抜けるような爽快感がありました。いい場所です。

 そして最後にもう一つのビッグイベント、階段国道こと国道339号線の階段部分にチャレンジします。すっかり観光地化されています。しかし、ツアーバスの客でここを降りようとする人は誰もいませんでした。

 ジャイアンツ球場に至る巨人への道を思い出してしまう規模です。下ってから登ります。

 遠くには海、真下には折り返して続いていく階段。なかなか見られない景色が続きます。

 下まで降りると、なんと民家の軒先を抜けていく道に。これも国道です。

 階段もビックリだったのですが、この家の間をすり抜けていく生活感溢れる小さな道が国道であることが衝撃的でした。そして、今度はひぃひぃ言いながら階段国道を一段一段登っていくのでした。膝のダメージ、翌日まで抜けませんでした…。

十和田観光電鉄線(三沢〜十和田市14.7km)


 三厩を後にし、蟹田から新青森へ。そして新青森からは東北新幹線七戸十和田へ向かいました。そして七戸十和田から一般の路線バスに揺られること約30分。今回の旅のもう一つの大きな目的地、十和田観光電鉄の終着駅、十和田市駅へと到着しました。年度内で廃止が決まっている十和田観光電鉄、廃止の前に乗っておかねばとやってきたのです。

 既にテナントが抜けかかっている商業施設から、連絡通路を通って連なっているという特殊な構造をした駅でした。平日の夕方だったこともあり、学生の乗客が20人ほど。

 車両はよく見る東急系の車両だと思います。電化60周年のメモリアルイヤーでの廃止決定となってしまいました。がんばろう東北の文字が、寂しく映ります。

 路線は十和田市から三沢へ突き抜ける一本道。途中の時間表示からも推測できますが、柳沢まではある程度民家が見える区間で、三沢までの間は山を抜けていくような感じになっていました。乗客は学生を中心としてですが入れ替わりが激しく、最終的には延べ60人は乗っていたでしょうか。これだけ見れば廃止しなくてもと思ってしまいますが、横を道路が通っている区間も多く、代替バスで運行しても問題がなさそうな場所だな、というのが正直な印象です。

 そして、運賃も高いんですよね…。学生定期以外の需要喚起が難しい路線だなと。


 終点の三沢に着いた頃には、すっかり辺りも暗くなっていました。学生たちはここから青い森鉄道へ乗り換えていく子も多かったですね。歴史を感じさせてくれる駅舎であり、生活に密着していた路線だというのもよく分かりました。整備、清掃も行き届いており、こういった路線が歴史を終えなければならないことは、率直に寂しいの一言です。
 乗車を終えて、三沢駅から青い森鉄道で青森に戻ろうと思っていたら、なんと車両故障の影響で二時間以上の遅れが発生という悲惨な状況。乗り継ぎの都合上、ここで足止めされているとアウトです。待合室で他に三人の同じ環境の人を見つけて、タクシー相乗りで八戸駅へ向かう緊急事態となりました。

 そして新幹線で折り返した新青森駅。ここからは寝台特急日本海で、一気に大阪まで行くのです。当初の予定では秋田の乗り鉄をする予定だったのですが、大阪大学での原由実沼倉愛美トークショーに当選してしまった以上、行かなくてはならないのがプロデューサー。翌日のイベントレポートに続く。

私鉄乗車記録

  • 今回乗車キロ数:15.5km
  • 通算乗車キロ数:5125.1km
  • 私鉄未乗キロ数:2384.3km